大豆か小麦か その2

大豆の旨さは鮮度にあると言っても良い。
世界的な和食ブームと言われ、注目される発酵食や副食の主原料となる大豆。
この大豆の”ほとんどすべて”が輸入大豆でできているということにいささかの苛立ちを覚える。

大いなる豆と言われ、豆腐、味噌、醤油、納豆、豆乳、もやし…など高度に加工利用され、和食の食域を広げてきたいわば中心的な食材。

そういう理由からも、米の自給ができたら次は大豆を自作し、味噌や豆腐なども農薬化学肥料不使用の原材料で食本来の機能性を取り戻す必要があると考えてきた。

これはここまで様々な作物を育てて食べてきた経験だけど、化学肥料使用の作物は、特有の苦味(雑味といったら良いか)が口に入れた直後に舌に現れる。
当然ながら、使用していなければ作物本来の甘みや香りが引き立つ。現代食はあまりにも無味無臭の野菜や穀類が増えてしまったためにマイナス的に作物本来の味や機能性が求められるのだろう。

何年か前の夏、種蒔夫(たねまきお)さんというドーベルマンを連れた旅人がたそがれを訪れてくれたことがある。
http://happyhillcontest.seesaa.net

まきおさんは、福岡正信さんが育てたという陸稲の種(ハッピーヒル)と麦(伊賀筑後オレゴン)を茶封筒に入れ、日本中1万人にその種を渡すという試みをされていた。
それが、僕の手元に届いた最初の麦だった。

同時期にタイミングが重なり、南部小麦やスペルト(古代麦)、近代種のいくつかもわけていただく契機となった。

半信半疑、3間ほどの小さな畝に5,6品種をなかば遊びのつもりで播いてみた。
一粒の種が数十粒に。そこから小麦への関心が強くなってきた。秋田では麦は秋に播種し、冬の降雪で越冬させ、雪解け後にグンと背を伸ばし出穂する。刈り取りの季節は7月と梅雨に重なるため、刈り取りのタイミングと乾燥が難しいことがネックだと言われている。さらに、隣県岩手の南部小麦のような産地がないため、栽培技術の開発が部分的であることや、小麦製粉の加工業者がないことも栽培面積が広がらない理由かもしれない。

一方でちらほらとこんな声が聞こえてきたりする。
「最近はまちの小さなパン屋さんが国産の無農薬小麦を使ってパンを焼くことが増えてきた。製粉機もかつてと比べ格段に性能もコストも向上してきていて、大規模な製粉所を経由しなくても生産ー加工の循環を作れる可能性がある。」

もしかしたら小麦の栽培ができるのかもしれないと思い始め、紹介していただいた技術者に電話して品種のことや栽培技術について教えてもらったり、県内の小麦の生産実績などについて調査したりした。

まぁ、いろいろな情報を受け取るなかで、とどのつまり「まず自分でやってみるしかないな」という結論に行き着く。よくよく考えてみれば、稲用のコンバインやバインダー、乾燥機や籾摺り機などには【稲<>麦】の切り替えレバーが付いているものがほとんどだし、ちょっと先輩農家に麦を育ててみたいと相談したら、「あ〜昔やったことある!」なんて返事が返ってきたりして驚いたりもした。「へ〜かつては転作作物として麦も栽培されていたんだ!それならきっとできる」

同時期に仲間と取り組んでいる「種子交換会」の集まりのなかで、自家製小麦と自家製粉に取り組んでいる鈴木美根子さんの小麦粉でピザを焼いてみたり、小麦の製粉を農家サイドのみから探るだけではなく、パン屋さんやパスタ屋さんなど加工の方と双方から模索することで小麦粉加工の可能性はないかを探ったりもした。

そんなこんなで小麦について想いを馳せているうちに、秋田市川辺のパン屋さん「薪釜ベーカー kabocha」のマスターから、全量買うから無農薬小麦を作ってくれないか。」声をかけていただくことになった。聞くところによるとマスターの藤原さんは僕が搗いた餅を気に入ってくれた様子で、思わぬところで、餅とパンが結びつくことになった。

はてさて、出口が先に見つかることはこれまで経験したことのないチャレンジ。化学物質汚染のされていない食糧をまずは自分の家族や子どもたち、それから戦争のない社会のためにも製薬会社やバイオメーカー、その他芋づる式な”企業的な社会”からの自立を目指す上で農家自ら販売能力を高めることが重要と考えてきた僕のなかでは結構、大きな転機を迎えたことになる。

契約栽培は一定量の作付け面積に相当する対価に保証を受ける形となる。それこそが換金主義的な近現代農業の荒廃した姿そのものじゃないかと批判的に見てきたはずである。

ただし、僕としては小麦についてほとんど技術的な経験を持ち合わせていない。いきなり収量何kgという予測もつかない。この部分を勘案していただいた上で、「全量買い取る」と言ってもらえたことは、かなり大きなモチベーションとなりうる。そこで僕はこう答えた「今すぐにはい。という返事はできないのですが、3年間の試験栽培の時間をください。まずは、栽培上優位な品種の特定や収量の比較、それから無農薬栽培における除草技術の実験・向上、播種、中間管理体系、刈り取り、その後の調整など課題はたくさんあるので、少しずつでも技術を高め、3年後には中規模(1t)規模の栽培ができるところを目指します。」

それでもマスターは顔色ひとつかえずに僕に向かってもう一度「全量買います。」と言うのみ。

こんな人が焼くパンの原材料を作れるなら、乗ってみようかなと思うに十分な一事だった。
実際、マスターの焼くパンはすべて薪釜で、フランスで食べた素朴で美味しい硬いパン。マスターのキャラクターそのもののような素朴で美しく、男気にあふれたパン。
このパン職人さんと一緒の仕事をさせてもらえるのは本望と思えてくる。

小麦の刈り取りを手伝うkabochaのマスター
小麦を脱穀するkabochaのマスター
麦を抱えるkabochaのマスター

2年目の小麦の刈り取りを終えて、30kgの玄麦が手元の紙袋に収まった。
すぐにでも粉にしてみたい気持ちを我慢して、これを今季の種麦として、今秋には3反を超える面積で作付けする予定です。
米麦両用のコンバイン・乾燥機だとしても、ひとつの機械で異種を扱うことはできず、麦用のコンバイン、乾燥機はすでに導入しました。

喫緊の課題は播種後の除草方法の構築。播種も全面播種か、条撒きか、どうしたら雑草を出さずに麦を優位にできるか、もし出てきたときの対策は。

ただひとつ面白いと思うところは、稲は冬の作物だというところです。これは稲と違って雑草よりも優位性が高い。そこにまだ見ぬ麦の魅力がある。