たそがれキッチンファーム構想

夏に収穫しているたそがれの野菜

耕さない田んぼをはじめたのが2009年で、「無農薬栽培」をはじめてちょうど10年が経過したことになります。ランドスケープの仕事から離れ秋田に帰ってきた当初まず思い描いた農園のイメージがファームシェアリングでした。

農業の「の」の字も知らず、作物なんか全く知らなかったのに、良くそんなことが言えたものだと思い返すと恥ずかしくなりますが、その時のイメージをそのまま引用します。

農的暮らしへの誘い:

 私たちの暮らしは、しらずしらずのうちに「情報」や「経済」に覆われて、せかせかとした時間の枠にはめられてきたように思います。今、私たちは物質文明の最前線にいて、「どうやらもうこれ以上便利な生活は考えられないだろう」という世界に住んでいるようです。しかし、どうでしょう。周りを良く見てください。便利になったはずの人々の暮らしには心のゆとりがなく、耳を塞ぎたくなるような犯罪やニュースがあふれています。便利さを獲得して私たちはほうんとうに「豊かさ」を実感しているのでしょうか。

 こういう時代にきて、「農的暮らし」がにわかに注目を浴びるようになりました。限りある「いのちの時間」を、何ものにも縛られること無く、自然の息吹の中に見いだす。つまり、自然の営みに人々の歩調を合わせる。「農」の中にあるこのような経験に、現代人を惹きつける、心の調律作用を見ることができるのではないでしょうか。

 「農的暮らしのadagio(仮)」は農的エッセンスを実際の暮らしの中に取り入れて、穏やかに、ゆるやかに暮らしてみようとする新しい試みです。これはその昔、私たちの先輩たちが営んでいた暮らしにもどこか似ているような気がします。

農的暮らしのadagio(ファームガーデンたそがれ、2009)

当時考えたことは、社会問題を解決する糸口としての農業の役割を目指したとても壮大なものでした。もはやこれで社会は変えられるとでもいうような空論で、自分でも笑えます。

時が経つこと10年。この間に子宝に恵まれ、漠然とした社会問題から、今自分にできる役割、能力、子育て、営農というような直接的な課題が見えてきた時間でした。お米を食べて支えてくださった方々、お店で農産物を使ってみようと考えてくださった方、突然に変な奴が現れたのに「まず、やってみれ!」と寛容さで受け入れてくださった地域の先輩方。そして、一寸先も見えない現実味のないイメージを共有しバックアップしてくれた家族。決して楽な道のりではありませんでしたが、その都度、重要な出会いに巡り会い、もちつ持たれつどうにか続けることのできた10年だったと思います。この場を借りて改めて感謝申し上げます。

描いたのはたくさんの仲間がいる農的風景でしたが、当初は作物を栽培する技術も経験もなく、1年毎に変わる栽培作物や農法。これを繰り返すうちにわかってきたことがいくつかありました。動機としては共有できるけどこれといった仕組みがないことだったり、何でも栽培できると思っていたけどそう簡単にはうまくいかないこと。無肥料・不耕起栽培では作物が育たない(田んぼではうまくいった部分もあります)など。

そうして試行錯誤を経て生まれたのが「野育園」というプログラムで、この経験で得たことは、田んぼに来てくれる方々との信頼関係だったんだなと思います。

ある年の野育園での稲刈り

頭でっかちになって、自然農法はこうだ!とか、手間がかかるのだ!なんて叫ぶのはブサマだなと思うし、そんな苦労は自分が引き受けたら良いと考えていくなかで、でも実際のところは正確に伝えたいし解ってもらいたい。そんな葛藤を抱えた10年間の草取り実務は、おそらく野育園に来てくださった方々には十分に伝わったんじゃないかと思います。6畳のマイ田んぼで田植えをし、一番草、二番草、三番草と戯れ、いよいよ刈り取りとなったあとも、台風被害に怯えながら安堵の脱穀。袋に詰めた赤子ほどの重さの米袋を大事にそうに抱えるメンバーのまなざしを見て、自分のすべきことを再認識しました。

収穫物を喜ぶメンバー

田んぼからはじめた野育園のプログラムは、2年、3年と経過するうちに徐々に露地野菜クラスやてしごとクラス、菅笠づくりなどに発展しました。メンバーの要望に応える形で、その都度しくみを構築し、得られる経験が満足できるものであることと、なるべく対価に見合った収穫物を得られるような体制づくりを心がけてきたつもりです。そのなかで割とうまくできたのがマメミソクラスで、味噌づくりをするのに買ってきた大豆と麹でやるのは面白くない。やるんなら自分で大豆を育てることからやってみよう。という取り組みでした。

自ら栽培収穫した大豆で子どもたちと味噌づくりするマメミソクラス

そんなこんなを繰り返すうちに、野育園の活動外でも立ち寄ってくれるメンバーが増えていくようになりました。「今日何やってるの?何か手伝えることある?」そんな声がけに最初は戸惑ったりしましたが、この4,5年で若い方々が研修に来てくれた経験も重なり、収穫だけの華やかな部分だけでなく、草取りや土方などシビアな仕事もだんだん自分から手放すことができるようになってきた気がします。

ブルーベリーの植え付けを手伝ってくれる学生たち

前置きが長すぎるという指摘に反論の余地はありませんが、これまでのあれこれがあっての今だと言うのを伝えたくて回り道しました。今日の主題はキッチンファーム。正確に言えばたそがれ野育園・キッチンファームクラスです。

前記事に述べさせていただいた通り、手間と収入のバランスが取れなかったこともあり、野菜の販売をやめるつもりです。これまで野菜を食べて応援してくださった皆さまには感謝の一念の想いです。

たそがれ野育園として取り組んできた「露地野菜クラス」というクラスがあります。これまで、じゃがいも、枝豆、トマト、インゲン豆、小豆、などを自給体験できるクラスとして展開してきました。露地野菜クラスでは、栽培したい作物を僕が販売用として栽培する作物の一畝を間貸するような格好でやってきました。それが、徐々に野菜栽培もやりたいメンバーとの距離も縮まったこともあり、これからは一枚の畑で種まきから、植え付け、草取り、誘引、整枝、収穫まで一緒にできるんじゃないかと思い至りました。野菜販売をやめることは、売るための野菜を作らないという覚悟でもあります。その代わり、一緒に作物を育てる時間と空間とその技術をシェアできたらと思っています。野菜売りから誰もが野菜自給をできるための手がかりづくりに切り替えます。

キッチンファームクラスで考えている作物は、じゃがいも、里芋などの粘土でもある程度育つ貯蔵可能な芋類、かぼちゃ、トマト、ナス、ズッキーニ、ピーマンなどの果菜類、沼山大根、玉ねぎ、ねぎ、サラダ葉菜類に加え、冬季のてしごとにつながる藍、綿花、ほうきもろこしなどです。

これらの作物づくりを土作り、種まき、苗づくりから共同で行い、収穫物は取れた分だけメンバーで山分けにしたいというのがキッチンファームです。

きっと種まきしたのに、草取りしたのに、収穫には行けない…。というような不平等も起こりうると思います。でも、そういう時こそ、どうしたら良いのかと考えてもらいたい。あの時一緒に種をまいた仲間にその収穫物を届けたいと思うようになるのではないでしょうか。作物づくりができなかったのに自分だけ収穫物を欲張りするようなことはないだろうと思います。「今日は野菜がたくさん取れたから仲間たちにも送ろう!と箱詰めをいっしょにやったり、帰りについでに配達してくれる嬉しいシェアリングで満たされるだろうと思います。

10人のメンバーが集まれば10a、それ以上なら20a。もし30人のメンバーがあつまれば30aというように受け取る野菜が少なくならないように栽培面積を考えていきます。遠方からの入園で、種まきしかできない。収穫しかできない。でも同じ気持ちで取り組みたい。という方を拒みません。むしろ歓迎したく、一年一度でも良いので収穫を楽しみにきていただきたいです。「野菜を買う」から、「野菜を共に創る」へと向かう仲間を募りたいと思います。

秋田の露地トマトの収穫期は一瞬です。その一瞬にかけて種をまき、丸かじりして食べる喜びをシェアしたい。食べきれないぐらい採れたなら、そのままキッチンで保存用に煮ましょう。販売用と思うと辛いしごとも、美味しいをつまみ食いしながらぺちゃくちゃやったらきっと楽しみでしかないでしょう。

そんなこんなで、10年目の節目をむかえHPもたそがれ商店も一新、気持ちも新たに入れ替え、ファームガーデンたそがれ2ndシーズンとなりますが、どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます。


こちらでキッチンクラス入園パスポートを購入できるようにしてみました。